平成25年5月28日
ここからは四国を離れ、巡礼を終えた報告に高野山に参る旅である。
当初の予定では3月のツアーに参加で申し込んであったが、直前に宿泊場所が天徳院から宝城院とかに変更になったとの連絡で、天徳院の庭が見られなくなったことに加え、中国旅行までの日数的な余裕も少ないし、三月の高野山はまだ寒いことを勘案して五月のツアーに変更した。
例によって羽田に集合、大阪の伊丹空港まで行ってここからバスで九度山まで移動し、先ずは腹ごしらえの昼食をとって今回のツアーの始点の慈尊院に行く。。
慈尊院
和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832
境内
大師堂
ここでは四国の霊場と同じように弥勒堂、大師堂で納経、読経を行った。
上に述べたようにここは高野山に参る正式な参道の始点で、多宝塔の先にある丹生官省符神社への石段の中程の横に高野山の壇上伽藍の中心にある根本大塔までの距離を記す石柱が立っていて180町と記されている。この道は一町毎にこの石柱が立てられ、このため町石道と呼ばれ、世界遺産にも登録されている。
丹生官省符神社に詣で、道中安全を祈願したあと町石道を登り始める。途中の展望台からは紀ノ川と参ってきた慈尊院、丹生官省符神社が見下ろせた。道の途中には破損のため新しくされた石柱と修理された古い石柱が並んで立っている処もあった。六本杉からは町石道を外れ、丹生都比売神社へと下って本日の行程は終了とし、バスで高野山に昇り、天徳院に泊まる。
名勝庭園
本堂
客殿玄関
正面の門
天徳院には28、29日と連泊したが、朝・夕共に精進料理であった。
丹生都比売神社
太鼓橋
六本杉
二本並んだ町石
天徳院
天徳院は高野山に多数ある宿坊の一つで、加賀前田家の第三代利常公の夫人珠姫(徳川秀忠の次女)の菩提所として建立されたもので、小堀遠州の作と伝えられる庭園は高野山唯一の名勝指定庭園で客殿に面している。
展望台からの眺め
丹生官省符神社
180町石
本堂
弥勒堂
正面山門
和歌山県伊都郡高野町高野山370
ここは元々弘法大師が高野山を賜った時に高野山参詣の要所にあたるこの地に表玄関としての伽藍を創建し、寺務所とした。後に弘法大師の母が女人禁制の高野山に入れずここに滞在した。弘法大師は月に九度は山をおりて母に会いに来たとの伝説から九度山の地名が生まれたと云う。母公の死後、弥勒菩薩の像を刻み、廟堂を建てて母公を祀ったのが弥勒堂である。弥勒菩薩の別名を慈尊と呼ぶことからここを慈尊院呼ばれるようになった。
境内にはその弥勒堂を始め、本堂、大師堂、多宝塔などがあり、一段高い場所にある丹生官省符神社に通じる石段がある。